
無自覚な目的
トラブった時、
人によってリアクションは違う。
文句ばかり言う人、
やり過ごそうとする人、
目的にフォーカスする人など色々いるが、
このリアクションそのものが
その人の無自覚な目的を表している。

トラブった時、
人によってリアクションは違う。
文句ばかり言う人、
やり過ごそうとする人、
目的にフォーカスする人など色々いるが、
このリアクションそのものが
その人の無自覚な目的を表している。

自分を責めてつづけているんだよね。
だから疲れが取れない。
意欲が湧かない。
こんなはずじゃなかったのに…
どこで間違ったんだ?
何が悪かったんだ?
どうすればよかったの?
何を変えなくちゃいけないの???
もう遅いよ…
そんな言葉で自分を延々責め続けている。
寝ている間もずっとね。
そりゃ、疲労感は増すさ。
「人のせいにしない」
「もっとより良い自分になる」
「日々、成長する」と決めている人に出やすい疲労感。
自分を責める以上に大切なことがあると思うんだけど。
何だと思う?

私たちはともすると
過去を悔やみ、未来を危ぶみ、
今がすっかり抜け落ちてしまうことがある。
同様に
周りの人のことばかりが気になったり、
逆に孤立してみたり、
自分と他人の境界線が曖昧になることがある。
だから、いつもちょっとだけ
「今」にフォーカスすることと適切な「境界線」を
意識しておく必要がある。

積み重ねていこう。
ひとつひとつはわからない程度でも、
積み上がったら形になるさ。
毎日、ちょっとでも積む。
それだけだ。
さぁ!どこまで積み上げられるかなぁ。

「不満があればきちっと伝えて解決するというのが大事。」
と頭ではわかっていても
なぜかできない。
いつも黙り込んでしまう。
その場から逃げたくなるといった場合、
別の目的を満たしていることがある。
例えば、
きちっと伝えて解決できなかったら、
自分の力不足を認識しなければならない。
無力感を味わうことにもなる。
そんな目に遭うぐらいなら、
伝えずに貝になって凌いだ方が無難だ。
例えば、
きちっと伝えても問題を解決できなかったら、
一人にさせられてしまう。
自ら一人になるのは平気だが、
一人にさせられる孤独感には耐えられない。
といった風だ。
つまり、やろうと思っているのにできないことには
別に本当に恐れていることがあって、
その恐れを回避する方法が
意識では「変えたい」と思っていることなのだ。
だから、
本当に恐れていることを意識化できれば
恐れが思い込みであることにも気づけるし、
変わることができる。

パーキングに停ようとしていたらミシミシミシって
車のリアガラスが割れていた💧
なぜ、こんなところに突起があるかなぁ…
何も梅雨時期に割らなくても…ね、私。

人によって、
また、置かれた環境によっても
敵が違うんだな。
例えば、同じ会社の人間でも
敵を社外に見ているか、社内にみているか、
では思考に違いが出る。
例えば、同じ家族でも
敵を家庭外に見ているか、家庭内に見ているか、
ではやることが変わってくる。
あなたは敵をどこに想定しているんだろう?

息子が部活で足を怪我して急遽、
出張の調整が必要で。
しかし、
仕事だからやむを得ないところもあって
あっちに連絡したり、こっちに連絡したり。
怪我が半月板損傷だったら高校の部活はここで引退かも…
だったが、
骨挫傷との診断でほっとして。
たった1日、2日の間に
気持ちはダウンしたりアップしたり、
冷静でいる必要があるのに熱くなったり、鬱々としたり。
今までだって、いつだってそうだったじゃん。
予定通りにはいかないものさ。
想定以外のことが起こることを想定しとかなきゃ。
だって、そういうものなんだもん。

得るのは8掛けぐらいがちょうど良い。
完全や完璧、100を追わなくていい。
満月でなく、十三夜を愛でる感覚で!
今夜は満月だけどね。

思い描くだけでいい。
どんな心持ちで過ごしたいか、
どんな人たちと付き合っていきたいか、
どんな未来を望んでいるのか。
思い描くだけで
必要な情報が入ってくるようになり、
そこに段々と寄っていくから。