
気にすべきところと 気にする必要がないところ
何を気にするかは
人生に大きな違いを生む。
何を気にするのかは
自分で決める必要があって、
自分の人生の中心に何を置くのかと
同じだよ。

何を気にするかは
人生に大きな違いを生む。
何を気にするのかは
自分で決める必要があって、
自分の人生の中心に何を置くのかと
同じだよ。

「ちょうど良い加減」というのが意外と難しい。
やらなすぎじゃだめだし、
やりすぎもよくない。
実はちょうど良い加減はやりすぎないとわからない。
やりすぎから少ーし後づさりすれば
そこがちょうど良い加減。
やりすぎて後悔するなんて勿体無い。
だって、
やりすぎて初めて良い加減がわかるんだもん。

前半が終わった。
早かった…というより
私の前半戦は目まぐるしかった💧
いろんなものを得たし、
いろんなものを失った。
いろんなものと繋がったし、
いろんなものが壊れた。
あなたはどんな心持ちで年末を迎えるつもり?
さぁ!理想を描いて
明日からまた頑張ろう!!!

なんだろう、ゾロ目を見ると
ちょっと嬉しくなる。
流れに乗ってる気がする。
こんな夜中に目が覚めるなんて
歳とったんだろうな。

場所や付き合う人、
やることが変わっても
そん人はその人の法則に則って行動する。
ただ、自身がその法則を
意識化できてないことが多い。
あなたの法則にはどんなものがあるのだろうね。

人にはバイオリズムがあるから、
下がっている時もあれば、
上がっている時もある。
その高さに合わせて、
好調や不調を象徴するようなことが起こっているなら
それが波に乗っているということ。

程度の感覚には個人差が出る。
なぜなら程度は対比で決まっているから。
その人の「普通」や「期待」と対比で
「程度の感覚」が決まるのだから、
程度が妥当かどうか以前にはっきりするのが
その人の「普通」や「期待」の値。
そして、さらにその人が出るのが、
期待値より低い「その程度⤵︎」に直面化した際の態度。
タフなのか、そうじゃないのか
粘り強いのか、気にしがちなのか、
良い時よりあかん時の方が人がわかるね。

一人で判断しなくていいだけで
負担は随分変わってくる。
誰かに聞いてもらう、
相談できる、アドバイスをもらえる人がいる。
それだけでストレスは軽減する。
それに、
大概のことに「その道のプロ」がいるから
プロのお知恵をお借りしよう。

自分が知っている「私」とは
分解できないものが沈んで上の方だけにできている
「上澄み」なのかもしれないね。
だから、覗き込んでも
底は見えない。
すると、「自分を深く学ぶ」ことは
分解できなかったものを少しづつ分解し、
だんだんと上澄みの幅を広げていくこと。
透明度が高くなっていくことなのかもしれないね。

あなたは正しい。
間違っていない。
その通りなんだ。
「あなたは正しい」
これが大前提。
その前提に立った上で
日常をどうしていきたいか?だ。