
相手の幸せに踏み込みすぎない vol.5102
相手の幸せに踏み込みすぎないのは大事だ。
特に親子や夫婦といった近しい関係の場合、
相手の幸せを願うばかりに
踏み込んでしまうケースは少なくない。
相手の幸せは相手が決める。
境界線を踏み越えないことは
相手を信頼していることにもつながっていく。

相手の幸せに踏み込みすぎないのは大事だ。
特に親子や夫婦といった近しい関係の場合、
相手の幸せを願うばかりに
踏み込んでしまうケースは少なくない。
相手の幸せは相手が決める。
境界線を踏み越えないことは
相手を信頼していることにもつながっていく。

あなたの創造性や可能性を最大に引き出し、
自分でなんとかする力を得たい、
信念をもって課題や嫌なことにも取り組む力を得たいというなら
お役に立つことができるだろう。
あなたが望めば、
よりクリエイティブに、
より力を発揮することができる。

残りわずかになっちゃった…2022年。
今年の私は、
年の瀬感はゼロ。
せっかくの週末クリスマスなのに
子ども達の枕元にプレゼントをこっそり置くこともなくなって
クリスマスムードも感覚的に随分遠い。
こんな年もあるよねぇ。

自由を求めた末、
解放される人と固執する人がいる。
認められることを求めて
解放される人と固執する人がいる。
覚悟することで、
多くの自由を感じる人もいれば、
不自由を意識してしまう人もいる。
結局どうなりたいかは自分が決めている。

例えば今年の漢字や流行語大賞といった
年末恒例のものに当てはめて
今年を振り返るのも面白い。
あなたの今年の漢字は何だろう?
流行語はあっただろうか?
嬉しかったことや思い出深いことのTOP3を挙げたら
何だろう?
あなたに今年、最も影響を与えた人物や物語は?
最高に美味しかったものでも
最高な時間でも構わない。
今年を振り返りながら今週を過ごしてみよう。
来年、やりたいことがハッキリしてくるかもしれない。

母の私は決して「慎重」とは言えないタイプで
我が子はどちらかというと「慎重」なタイプ。
そんな親子の関係性についてブログに書きたいことがあって
「慎重」の対義語を調べて驚いた!
何だと思う?
「軽率」らしい。
読売新聞教育ネットワークのチャレンジ日本語検定の解説によると以下だ。
https://kyoiku.yomiuri.co.jp/contents/cha-13.php
「慎重」は、失敗のないように事前にじゅうぶん配慮したり、
どんな結果を招くかを予測したりす様子を表すので、
事の善悪や成否などをよく考えずに何かをする様子を表す「軽率」が対義語になる。
「軽薄」は、言動がその場の思い付きであったり誠実 さを欠いていたりする様子。
まぁ確かに、よく考えずに行動に移すのは移すけど、、、。
なんか…「慎重」な方が随分、
持て囃されているように感じるのは
私だけだろうか。。。
それとも私が「慎重」の反対タイプだからだろうか。

私たちが想像していることと
実際は違うことは多い。
例えば、
特別な状態の幸せを想像しがちだが
実際は何気ない瞬間に感じる幸せは多い。
例えば、
その程度のことは大丈夫と想像していたのに
実際は甚く傷ついたり。
実際は想像とは違うんだよな。
だから、実際の自分の想いを知ろう。
自分がどう感じるか試してみよう。

人は自分を認めた分だけ強くなる。
のなら、自分が弱いと感じるのは、
自分を認めてないのかもしれないね。
あなたのことはまず、あなたが認める。
自分のことはまず、自分が認める。
そこから始めよう!

だったらいいなぁ…じゃ弱い。
不安にもなるし、
ならなかったことも考える。
一方、「決めた!」はパワフルだ。
なることに決めた!
辞めることに決めた!
楽しむことに決めた!
幸せになることに決めた!
決めてしまったら
不安が入る隙間がなくなる。
決めたんだからそうなるんだ。
やるんだ。
決めれば人は強くなる。

普段、取説を読まない。
大体こんな感じ⁈で始めてしまう。
それは決して老眼が進み、
小さい字が読めなくなってきたからではない。
と取説を読まないこと以上に
取説を読まない理由が歳だからじゃないと主張したくなるのは
随分、歳をとったからだろう。
取説を読まないから、
便利な機能を知らなかったり
間違った使い方をしていたりするのだけど
それを老人扱いされることにまだ慣れていない。
自分は昔から変わらない気でいるが、
若者から見れば十分な年寄りなのだ。
カッコ良い年寄りになれなくても
カッコ悪い年寄りにはなりたくないもので
そうならないためにも
自身への自覚が世の中とズレないようにしなければ。
どの年齢になっても
その年齢の初心者であることには
いつも変わりはない。
そして、
慣れた頃には次の年齢の初心者になってしまう。