「今」と「境界線」
私たちはともすると
過去を悔やみ、未来を危ぶみ、
今がすっかり抜け落ちてしまうことがある。
同様に
周りの人のことばかりが気になったり、
逆に孤立してみたり、
自分と他人の境界線が曖昧になることがある。
だから、いつもちょっとだけ
「今」にフォーカスすることと適切な「境界線」を
意識しておく必要がある。
私たちはともすると
過去を悔やみ、未来を危ぶみ、
今がすっかり抜け落ちてしまうことがある。
同様に
周りの人のことばかりが気になったり、
逆に孤立してみたり、
自分と他人の境界線が曖昧になることがある。
だから、いつもちょっとだけ
「今」にフォーカスすることと適切な「境界線」を
意識しておく必要がある。
落ち込むことから逃げたら成長はない。
人を見ていたら良くわかる。
ちゃんと落ち込む、
ちゃんと悲しむ、がっかりする、
というのは事実に直面化している証。
自分に向き合う力がある人ができること。
だから、しっかり落ち込んだら言ってみる。
「人間なんやけん。
何でんかんでん、出来るわけないやん!」
さぁ!1年後、どうなっていたい?
そのために今日から何をする?
なぜか途端、
自分が子どものような心理状態になってしまう。
イライラする
なんか楽しくない
誰も彼もがキライ…
甘えたい願望が満たされないまま大人になった、
自分の中にある幼児的願望。
このことを意識できれば
人との関係は変わっていく。
力ある者から一歩引くといった
新しい関わり方を学び始める。
だから、知らないことを見つけたら
知りたくなかった視点で観て、
なぜ知りたくなかったかを考えてみる。
見えてなかったら
見たくなかった視点で観て
なぜ見たくなかったかを考えてみる。
聞こえてなかったら
聞きたくなかった視点で観て
なぜ聞きたくなかったのかを考えてみる。
すると、
別の角度から新たな自分を発見することができる。
器用と思っていたのに案外、不器用だったり。
片付け上手だと思っていたのに、
大してそうじゃなかったり。
社交的だと思っていたのに人見知りだったり。
自分の印象と違う自分を見つけてびっくりすることがある。
器用と思えていたのは
何度も繰り返しやる機会があったからで、
片付け上手だと思っていたのは
時間がある時にまとめてやっていたからで、
社交的だと思っていたのは
そうするべきだと強く思い込んでいたから。
自分が思う自分とあなたは、
ちょっと違ってたりするかもよ。
思い描く「理想」が適切かは
自分だけではわからない。
高すぎればいつも自分がダメに思えるし、
低すぎれば成長がない。
理想が幻想になっていないかどうかの確認が必要だ。
現実をよく観察しながら
自分の「理想」そのものを調整していく。
なーんも変わりゃせん。
たった1日休んでダメになるんやったら
そりゃ元々ダメなんや。
はよ、諦めて次に行ったほうがいい。
罪悪感を脇に置いて休んでみて!
ぼーっとゴロゴロ1日、
丸太ん棒の日。
きっと明日からパフォーマンスがあがる。
例えば職場や学校、地域や家庭といった「場」には
その「場」の価値観があり、
その「場」に居るとそこの価値観が全てに感じてくる。
しかし、
ちょっと違う「場」に身を置くと
そこの「場」には別の価値観があって、
価値観はさまざまあることに気づく。
価値観は判断基準だから
価値観が変わると、
○だったものが✖️になったり、
✖️だったものが△になったり。
だから「わたし」を考えるとき、
いろんな場に身を置いて、
いろんな人と話して、
さまざまな価値観から観てみるといいね。
ジタバタあがいていると
どんどんダメな方向に向かっていく。
焦っている時は
幻想を追ってみたり、
すでにアウトのように感じたり、
事実が見えていないことに気づけていない。
冷静になること。
書いて頭を整理すること。
誰かと比較しないこと。
努力せずにやれる方法を探すこと
自分を信頼すること。
自分らしさを追い求める必要はない。
隠そうとしても漏れ出てしまう部分がオリジナリティ。
だから逆に馴染もうとした方がわかりやすいのかもしれない。
気をつけていてもどうしてもそうなってしまう部分が
あなたらしさなのだ。
「自分らしさ」は残念なことも多いから
自分の「ダメなところ」と捉えがちだ。
「良いところ」が「本来のわたし」で
「ダメなところ」が「本当じゃないわたし」になる。
ダメか、そうじゃないかは結構、環境に依存するから
「ダメ」と感じている「あなたらしさ」は
環境を変えるとあなたの強みとなる。