誰と多くの時間を過ごしている? vol.5393
共感であろうがアンチであろうが
私たちは人の影響を受ける。
食べ物や嗜好といった日常は
普段、誰と長い時間を過ごしているかで
随分と変わってしまうし、
行動や思考の仕方も
どんな人と関わってきたのか、
誰と関わっているかの影響を受ける。
リアルだけじゃなく本やオンラインでも。
あなたは誰と多くの時間を過ごしている?
あなたはそこを意識して選べてる?
共感であろうがアンチであろうが
私たちは人の影響を受ける。
食べ物や嗜好といった日常は
普段、誰と長い時間を過ごしているかで
随分と変わってしまうし、
行動や思考の仕方も
どんな人と関わってきたのか、
誰と関わっているかの影響を受ける。
リアルだけじゃなく本やオンラインでも。
あなたは誰と多くの時間を過ごしている?
あなたはそこを意識して選べてる?
考えることとリアルは違う。
こう書くと当たり前のことなんだけど
私たちは考えた通りになると
どこか疑わないところがある。
例えば面倒と思っていたことが
実際にやってみるととても良かったり、
ベストだろうと思っていたことが
リアルでは全然ダメだったり。
だからリアルではいつも驚く。
やってみないとわからないもんだなぁって。
それは現状からの逃避なのか
それとも新たなチャレンジか。
それは心からやりたいことなのか、
それとも周りの期待に応えたいからなのか。
境界線は曖昧なことが多い。
「だからやらない」という選択もあれば
「だからやってみないとわからない」といった選択もある。
誰かの得意なことに助けられたり、
自分の力が誰かの役に立ったり。
プロフェッショナルとは
何とありがたく、
何と嬉しいことだろう。
時間とエネルギーをかけて
身につけてきたことが誰かを救う。
プロフェッショナルっていいよなぁ。
痛い気持ちをちょくちょく感じているのは
あなたがダメだからではない。
あなたがチャレンジしているからだ。
チャレンジすれば、
初めてのことだらけだから痛い思いをする。
だけど、
やっていればだんだんと上手になる。
必ず深みを増していく。
スイッチの入り方は色々だ。
希望や夢もあれば、怒りや屈辱もある。
何によってスイッチが入ったかは問題ではない。
その後のプロセスのなかで
どういった私に変化していくかが大切なんだ。
始めた当初に
こだわる必要がある時もあれば
そうじゃない時もある。
スイッチは偶然でも、
その後はあなたが選択していく。
車のウィンドウに桜の花びら。
福岡では曇りや雨が続いていて、
こういった菜の花が咲く季節の長雨を菜種梅雨とか
桜の花びらが落ちてしまう桜雨とも言うらしい。
ずっと続くように感じていても
全ては変わっていくんだよなぁ。
同じ言葉でも全然聞こえない時もあれば
グッと自分の深くに刻まれる時もある。
スルーしていた景色も
はっと目を見張る瞬間が訪れたりする。
取り組む姿勢は後ろ向きだったのに
ちょっとした出来事から俄然
前のめりに立ち向かえたりする。
偶然とはなんだろう?
大概のことは偶然の出来事だったが
振り返ると必然的な流れになっているとしか思えない。
今日もどんな偶然という種が蒔かれるのか、
その後、どう展開していくのか楽しみだ♪
自分と相性がいい人と
どう出会うかと同様に大事なのが
自分と相性がいい人の幅を
いかに広げるか。
ストライクゾーンが広がれば
自分と相性がいい人と出会う機会は増えるから。
全てで相性がいい必要はない。
部分的にでも分かり合えるなら
それもOKだ。
ちょっとした制限は有効だ。
この時間の電車に乗らなければならないと決まったなら
それまでに何をすることが出来、
何を優先したらいいかが
あっという間に明確になる。
つまり軸があれば
その軸を元に明確な選択ができる。
どちらに進むべきか、
どうすべきかに悩んでいる時は
その軸が曖昧なのかもしれない。