大きい魚の話 vol.5450
大きい魚を釣ることが
自分の夢だと全てを注ぎ込んで大きな魚を追いかけてきて、
60歳で大きい魚を釣り上げた時、
自分が生涯をかけてやりたかったことは
大きな魚を釣ることじゃなかったと知ることほど
虚しいものはない。
目指している大きな魚は
本当に生涯をかけて欲しいものなの?
大きい魚を釣ることが
自分の夢だと全てを注ぎ込んで大きな魚を追いかけてきて、
60歳で大きい魚を釣り上げた時、
自分が生涯をかけてやりたかったことは
大きな魚を釣ることじゃなかったと知ることほど
虚しいものはない。
目指している大きな魚は
本当に生涯をかけて欲しいものなの?
わからないなら仕方ないが
わかっているのに本当の話をしないのはもったいなくないかい?
周りを誤魔化すことはできても
誤魔化している自分を自分は知っているものだよね。
そこが自分を苦しめているんじゃないの?
ダメで何が悪いの?
ダメなものはダメなんだ。
とっとと区切りをつけて次に向かおうよ!
やりなさいと言われると
やりたくなくなり、
やらなくていいと言われると
やりたくなる。
なんじゃそりゃ。
だけど、実際にそうなんだよねぇ。
このパターン、意識しておこう。
まるでゲームのように、
クリアーしなければ行けない世界がある。
そして
その世界のことは
そこに行った者だけが知ることができる。
そういった世界を知らない人、
知ってて行けない人、
行ったことのある人と
いろんなレベル感があるのだろうが、
その世界を感じてみたい!
だけでも行ってみる価値はある。
ならその関門をクリアーしようじゃないか‼︎
「仕方ない」にはネガティブな印象があるが、
現実的に「できないもの」を「できない」と
受け入れなければならないことは少なくない。
私たちには
やってもできないことがあるのだから「仕方ない」。
大人の「仕方ない」は
自分に見合った在り方への推進力なんだよね。
全てに終わりがあることを普段、
わたしたちは意識できていない。
この現状も近々、終わりを迎えると想像してみて。
やり残したことは何?
全力でやりきってる?
何をどうしたいの?
大切なことは基本シンプルだ。
ただ、シンプル思考に抵抗が生まれるのが
せっかくやってきたことが無駄だったと思いたくないとか
あんなに頑張ったのだからその対価が欲しいとか
労力や時間といったかけたエネルギーを諦めきれない時。
諦めるってこういった執着を手放すこと。
だから諦める力ってすごいことなんだよな。
私がみている世界が私の真実で
あなたがみている世界はあなたの真実
といった具合に、
唯一の真実が無いとすれば、
あなたの見方を変えることは
あなたの世界が変わることに直結する。
例えば
苦手意識は一生変わらないといった世界観を持っていたら、
たとえ苦手でも意識は必ず変わっていくといった目で見てみると、
その世界はどう変わるのか、また変わらないのか。
ちょっと実験してみよう。
今日はどんな1日になるのだろ?
ちょっと離れてみる
後ろから横から眺めてみる
何を観るかと言うと、
今の自分。
パソコンに向かって仕事している自分、
電車に乗って考え事をしている自分、
気がかりに心奪われている自分に
ある出来事ばかりを反芻している自分
幽体離脱した感じで
今の自分を眺めてみる。
あなたのこと、どう見える?
福岡は先日、梅雨入りした。
梅雨が明けると一気に夏。今年も駆け足だ。
2023年の今までを振り返ると
事実として多忙ではあったが、
それ以上に気持ちがずーっと張り詰めていたんだなと思う。
息子の受験、手続き、進学
約3年ぶりの新刊発売や修士論文など
期限や手続きなどルールに従わなければならないことに対して
緊張しいの私はすぐ余裕を失ってしまう。
その上、当時は忙しさだけの認識で
そういう自分をオンタイムでは気づけていない。
自分の今にちゃんと気づけたら
かなり落ち着けるんだけどなぁ。