
ほんのちょっと
大きな変化を引き起こすのは
ほんのちょっとのがんばりだ。
大きな努力をしなければ
大きな変化は起きないと思っているが
変化のはじまりはいつも
ほんのちょっとのアクション。
いつもと違う努力を
ほんのちょっぴりやってみる。
そこから何かが動き出しはじめる。

大きな変化を引き起こすのは
ほんのちょっとのがんばりだ。
大きな努力をしなければ
大きな変化は起きないと思っているが
変化のはじまりはいつも
ほんのちょっとのアクション。
いつもと違う努力を
ほんのちょっぴりやってみる。
そこから何かが動き出しはじめる。

結果は天に任せるしかないが
プロセスは自分主導で出来る。
全力で取り組んでるか?
出来る全てをやりきったか?
信頼に値すると思える自分を自分でやる。
しっかりと絆を結ぶ。

自由は晴々したものではある。
しかし、
同時に孤独で不安でもある。
ここを理解していないと
いつまでも自由になれない。
プラスとマイナスの感情が共存する。

100回の練習より1回の本番のほうが
学ぶことが多い。
本番で力を発揮するための練習だから
本番の経験が
効果的な、必要な力をつけるために
何をしたら良いのかを明確にする。
最初からうまくいくなんてことはない。
今、何が欠けているのか、
何を補う必要があるのかを知るために
本番に臨む。

なぜだが、
私が伝えたい人ほど肝心なところをスルーする。
気づく力によって成長に差が出るとすると、
大人になるほど
わざわざ苦い言葉を口にしてくれないから
気づける人と気づけない人の開きは
だんだんと大きくなっていく。

前進した自分にOKをだす。
少ししか進まなくても、
いや、全く進まなかったとしても
進もうとした自分を労う。
進もうとしてる自分を認める。
この程度じゃダメだと自分にNGを
出すのに比べて
本当に進み出すのを実感するはず。

やっぱり起こる出来事には意味がある。
見えるものと聞こえるものを
無意識的に選んでいるとしたら
引っかかった時点で
意味がある。
チャンスだね。

特別なことをしている自分に憧れている人がいるが、
必要ないんじゃないのかな?!
あなたの普通が大切。
日常がどうなのか。
普段、何を感じているか。
なにも、特別なことをする必要はない。

過去の自分を正当化するために
現在、自分が感じていることを認めない
というのはどうだろう。
今の正直な自分で
いいんじゃないのかな。
「以前の自分が間違っていた」で
いいんじゃないのかな。
過去にこだわりすぎると
歪みを生むよ。

見えないものは信頼しない
と言う人がいる。
納得できないとやらない
理解し難いからしない
といったものも同じかもしれない。
自分が全て見えていると言えるの?
そんなにわかってる人なの?
私たちは知らないことだらけの中に居て、
わからなくてもやったほうがいいこと、
納得できなくても真理だったりすることは
よくあること。
せめて自分が信じれると思えた人の言葉は
理解しがたくても
飲み込んでみてもいいんじゃないか。