変わりたい時

2021.04.20.

触れるものを大切に扱う

心が触れるものも含めて
直接、自分に触れるものは大切にしたい。

 

 

例えば、言葉。

なんか…わざとらしく感じるから
アファメーションとかはあまり得意じゃないけど、
触れる言葉は大切にしたいと思っている。

影響を受けるとわかっているのに
それをぞんざいに扱う気にはなれない。

 

例えば、付き合う人。

断れない付き合いも当然あるけど、
誰と付き合うか、
誰と長い時間を共にするかは選びたい。

付き合う人によって変わる一面が
人にはあるのだから
良い影響を与えあえる人と付き合いたい。

 

例えば、環境。

ミニマリストではないし、
それを決して望んでもないけど
整理された環境でありたい。

気がかりがたくさんあるような状態では
エネルギーが削がれるので
どこに何があるか、
今、何が必要かがすぐにわかる自分でありたい。

 

 

普段、無自覚にいろんなものに触れている。
ひとつひとつ、整えたいね。

 

 


↑↑東洋経済オンラインに転載されています↑↑

2021.04.19.

自分を引き受ける

どんな自分であっても
「自分を引き受ける」ということにおいては
誰もが平等で、
年齢も性別も立場も何も関係ない。

仮に、
あの立場だから…
あの年齢だから…
と許されるとしたら
それは温情ではなく侮辱に近いと私は思う。

責任を取るということが
「自分を引き受ける」力があることなら
責任を回避するというのは
自分に力がないことを認めたこと。

意地でもいい、
「引き受けないとだけは言わない」と
決めることが大事だよね。

2021.04.18.

「今日は休んで、また明日から!」といった楽観力

トントン拍子にうまくいくに越したことはないけど、
そう予定通りには進まないもの。

以前に戻ってしまったり、
立ち往生状態になってしまうことは
よくあることで、
そんな時に問われるのは
折れても立ち直ってくる復活力。

「今日は休んで、また明日から!」といった楽観力が
復活力を支えているのかもしれないな。

今日は1日、休んでみますか。

2021.04.17.

どんなつまらなく思えることでもやりたいことをやってみる

どんなにつまらない、
生産性がない感じがすることでも
ふと心に浮かんだやりたいことをやってみる。

やりたいことをやると
どんな気持ちになるかをよーく観察する。

やる前のドキドキ感、
やってみたら想像以上だったり、
残念だったり、あっけなかったり。

こんなことをやりたいと思ってたの???と
自分に問いてみたり。
逆に、次回を考えるだけでキラキラできたり。

やった私は、やる前の私とは確実に違っている。

成果とは関係ない。
やった分、前に進むんだよ。

 

2021.04.16.

もう二度と戻りたくないあの頃

もう二度とあの頃には戻りたくない
あんな経験はゴメンだ…と
感じるような過去があなたにあるかもしれない。

それは
よく頑張ったってことだよね。
よく乗り切って今があるということだ。

だから、
当時の自分をしっかりねぎらおうね。

よく乗り越えたよなぁ〜って
いたわってあげようね。

2021.04.15.

「ある」必要はないが、「ない」といった恐れや不安がない範疇で。

「範疇」をわかることは大切だ。

例えば、
頑張って感じ良くする必要はないけど、
悪い印象を与えない「範疇」が良い。

例えば、
「自信がある」必要はないけれど
「自信が無い」といった恐れや不安が無い「範疇」が良い。

まずは「範疇」を意識して!

 

2021.04.14.

すでにそうであるように振る舞う

例えば、
ダイエットに成功したらこうする!ああする!
と思っているのなら
それを今からやるべきだ。

例えば、
思い描いた成功をしたらこうする!ああする!と
思っているのなら
それを今からやるべきだ。

目指すものになってから変わるのではなく、
変わった先に
目指すものがあるのだから。

2021.04.13.

成功秘話、知られざるエピソードにする

失敗は傷つくよね。
自分がダメに思える。

だからこそ、
成功するまでやめないこと。

そこで終わったら失敗だけど
成功するまで続けたら
失敗は成功秘話、知られざるエピソードになる。

2021.04.09.

同じ自分なんて居ないんだよなぁ。

人はいつも変化している。

例えば、知ってしまった自分は
知らなかった自分には戻れない。

言葉にする以前の自分とは違って
苦手だと言えたら
苦手なものへの向き合い方が変わる。

たった一度経験した後の自分は
未経験の自分とは雲泥の差になる。

同じ自分なんて居ないんだなぁ。

2021.04.08.

時間が解決する

人は時間が経つほど本質を受け入れることができる。

例えば、
嫌な奴からの指摘はその時は「違う!」と
反抗的に感じるものだ。

しかし、時間が経つと
誰から言われたかは別にして
「一理あるな…」と本質的なものだけを考えるようになる。

「時間が必要」なこと、
「時間が解決」してくれることはよくある。

受け入れや諦め、手放すのにも時間がかかるのだ。

そもそも、
「時間がかかる」ことそのものを受け入れられなくて
長引かせてしまっているのかもしれない。