
地図の縮尺度
少しづつ少しづつコトは進む。
毎日、わからない程度に変化していく。
同じ場所に居続けることはないけど
人は自分が停滞しているように
感じてしまう時がある。
全く動いてないように地図上で見えも
縮尺を大きくするとはっきりわかるように、
測る物差によって
出来事や自分への解釈は変わってしまう。
地図にもさまざまな縮尺度があるように
私たちもその時々によって
物差の尺度を変えてみると見えるものがある。

少しづつ少しづつコトは進む。
毎日、わからない程度に変化していく。
同じ場所に居続けることはないけど
人は自分が停滞しているように
感じてしまう時がある。
全く動いてないように地図上で見えも
縮尺を大きくするとはっきりわかるように、
測る物差によって
出来事や自分への解釈は変わってしまう。
地図にもさまざまな縮尺度があるように
私たちもその時々によって
物差の尺度を変えてみると見えるものがある。

自分と世の中との折り合いをつけるのが
うまい人がいる。
自分の思いや願いと
現実や実情との折り合いのつけ方が上手だと
無理なくスマートにその場に入れる。
落ち着いていて自然体で
適切な判断ができる。
一方、折り合いが上手くつけれないと
固執して物事を全体から見れなくなってしまったり、
現実を受け入れられずイライラしたりと
不安定に身を置くことになる。
賢さとは
折り合いをつける力をいうのかもしれない。

やる気が起きないことに罪悪感を持つ必要はない。
いつもいつも前向きで
やる気に満ちていた方がいいのかもしれないが、
それは頭で考える理想で、
私たちは生きてるんだから
そうそう予定通りにはいかない。
予定通りにいかなかったからって
攻める必要もない。
今日はやる気が起きない日。
以上!
そういう日があるのが自然であることを
受け入れよう。
やる気が起きない自分も許してみよう。

人は分かり合えないものなんだなぁ。
共感しているつもりで
理解しているつもり。
生きてきた自分の全てを知っている人なんていない。
自分の気持ちさえ
時間が経たなければ気づけないことも多い。
分かり合えないからって落胆する必要はない。
そういうものなんだと心得た上で
さて、どうしていくか。

もちろん、使う人のメンタリティにはよるが
こんな最強な言葉はないのかもしれない。
私はわたし。
唱えてみよう。
どんどん落ち着きを取り戻す。
今、必要なことがわかってくる。

立場なんよね。
その立場になったら
私たちも同じことをきっとするんだよ。
立場が違うから考えることが違うだけで
それぞれの立場で、それぞれに頑張っていて、
それぞれの最高を発揮しようとしているんだよね。
その立場にならないとわからないことがたくさんある。
その立場になったらそう考えてしまうことがある。
だからこそ、
自分の立場、立ち位置は選んでいきたい。
それに、
その立場にならないとわからないことがある。
ということを理解しておくだけで
随分と変わるんだじゃなかろうか。

人生に恐れを感じる時は、
自信を失ってるんだ。
自信を付けなきゃ!というより
取り戻さなきゃ。
やってきたじゃないか。
充分にやってきた。
そう!どうにかこうにかでもやってきた。
今に至るまでに色々あったけど
充分、やってきてるじゃないか。

何でもかんでもうまくいくなんてことはない。
どんなにうまくいってそうに見える人だって
それは変わらない。
うまくいかなかった時、
どうするかが
大事なんじゃないのかな。
うまくいかなかった時、
投げ出してしまうのか
不貞腐れるのか
やり方を変えて再度やるのか。
自分への信頼が根を張っていれば
うまくいかなかったことを
自分の能力だけのせいにしたりせず、
方法に目を向けることができる。
できない自分のせいにして立ち止まるのは
もっとも安易な選択のかもしれない。

今、どうするか⁈なんだ。
過去がどうとか、
不安がどうとか
恐れがどうとか
そりゃ、あるだろう。
だからって
不安がったり、過去と同じように
振舞う必要はない。
今、どうしたいかだ。

ダブルショックにトリプルショックといった、
えぇ〜っ、、、て叫びたい時がある。
お前もか…と追い討ちを
かけられるような
立て続けにダメ出しを食らうような時。
そういう時こそ意味がある。
ただ落ち込んで
起こった出来事を解釈し直さないのは
もったいない。
この点はいずれ線になる。
とすれば…で解釈のバリエーションを持とう。
現時点では出来事の意味はわからないなら
都合のいい、自分がやる気が出る解釈をしておこう。
今はそれでいい。