
自分の言葉
自分を応援する言葉を持つことは大切だ。
頭の中で、どんな言葉を自分にかけるかで
実際にやることは変わってくる。
この程度なの?と
声をかけた方が奮起するのか、
こんなにやれたね!とねぎらった方が
やる気が出るのか
自分の気持ちと照らし合わせながら言葉を選ぶ。
自分の言葉ひとつで
自分はポジティブにもネガティブにもなる。

自分を応援する言葉を持つことは大切だ。
頭の中で、どんな言葉を自分にかけるかで
実際にやることは変わってくる。
この程度なの?と
声をかけた方が奮起するのか、
こんなにやれたね!とねぎらった方が
やる気が出るのか
自分の気持ちと照らし合わせながら言葉を選ぶ。
自分の言葉ひとつで
自分はポジティブにもネガティブにもなる。

美味しいカレーを作ろうと張り切って、
隠し味をあれやこれやと入れすぎて返って、
違うなぁ…となってしまったことはないだろうか。
いつも通りに作った方が美味しかったんじゃ?
といったこと。
よくやろう!うまくやろう!と考えるより
普段通りを心がけた方が
スムースにいくことは意外と多い。

期限は良いものです。
そこまでなら頑張れたり、
踏ん張れたり。
ただ、期限が重くなってるケースもあります。
思い切って先に伸ばししてみると、
なーんだこの程度でいいんだ!
と
自分を追い詰めていた犯人が
自分であることに気づくでしょう。

「出来る」「出来ない」がその人の価値に
大きく影響すると誤解している人は少なくない。
もちろん、「出来る」に越したことはないだろうが
「出来ること」だけが
その人の価値を高め、
「出来ない」ことがその人の価値を
下げるわけじゃない。
人には「出来る」こともあれば
「出来ない」こともある。
「出来ない」ことが
自分の価値をさげると思い込んでいると、
「出来ない」自分を受け入れられない。
「出来ない」自分を
認める強さがないことの方が
「出来ない」こと以上に問題だ。

悩みが深まるふたつの条件とは
暇と自分のことばかりを考えること。
暇は余計なことを考える。
時間の余裕は嬉しいことだが
人はやることがないと
考えなくていいことまで考えてしまう。
やはり、ある程度の忙しさは健全な自己防衛になる。
自分がどう、自分の気持ちがどうと
心のベクトルが
自分ばかりを向いていると
周りが見えなくなっていく。
ある程度、周りの人の心持ちを考えることは
やはり、健全な自己防衛となる。

決まった通りにいつも通りにやるルーティンは大事だ。
まるで儀式のよう。
動作と連動して心も同じ状態になることを
考えると
それはある種のリセット作業とも言える。
1日にリセットするルーティンを
持っておくと
いつだってスタートに戻れる。

人生に恐れを感じる時は、
自信を失ってるんだ。
自信を付けなきゃ!というより
取り戻さなきゃ。
やってきたじゃないか。
充分にやってきた。
そう!どうにかこうにかでもやってきた。
今に至るまでに色々あったけど
充分、やってきてるじゃないか。

意欲が続かないのは
結果が見えないから。
結果が出る感じがしないからで
意欲の問題じゃなくて、やり方の問題かもよ。
やり方を探ってみよう。
自分にフィットする方法を探ろう。
これだ!といった感覚があれば
随分と違ってくるかもしれない。

何でもかんでもうまくいくなんてことはない。
どんなにうまくいってそうに見える人だって
それは変わらない。
うまくいかなかった時、
どうするかが
大事なんじゃないのかな。
うまくいかなかった時、
投げ出してしまうのか
不貞腐れるのか
やり方を変えて再度やるのか。
自分への信頼が根を張っていれば
うまくいかなかったことを
自分の能力だけのせいにしたりせず、
方法に目を向けることができる。
できない自分のせいにして立ち止まるのは
もっとも安易な選択のかもしれない。

ダブルショックにトリプルショックといった、
えぇ〜っ、、、て叫びたい時がある。
お前もか…と追い討ちを
かけられるような
立て続けにダメ出しを食らうような時。
そういう時こそ意味がある。
ただ落ち込んで
起こった出来事を解釈し直さないのは
もったいない。
この点はいずれ線になる。
とすれば…で解釈のバリエーションを持とう。
現時点では出来事の意味はわからないなら
都合のいい、自分がやる気が出る解釈をしておこう。
今はそれでいい。