
ゴールはそれでいいのかな?
ゴールの設定が間違っていたら
いつまでも達成しないし、
仮に達成したとしても楽しくない。
あなたが設定しているゴールは
本当にそれでいいの?
それを得たいの?
得たらどうなると思っているの?
本当にそうなるの?

ゴールの設定が間違っていたら
いつまでも達成しないし、
仮に達成したとしても楽しくない。
あなたが設定しているゴールは
本当にそれでいいの?
それを得たいの?
得たらどうなると思っているの?
本当にそうなるの?

たくさんの思いが同時に湧いてきて
何から話していいか
わからなくなってしまうことがある。
もどかしさから怒り出してみたり、
黙ってみたり。
言葉にできないもどかしさって
大人になってもあるから
言葉を知らない子どもの頃は
尚だよね。
自分の思いを伝える言葉のバリエーションを
増やことを
意識してみてもいいかもね。

教えてもらってないことは意外と多い。
例えば、
出産の苦しさはよく聞いていたが、
つわりの苦しさは聞いてなかった。
例えば、
始めることの大変さばかりが語られるが
閉めることの大変さは聞いてなかった。
例えば、
年齢を重ねる辛さはよく聞いていたが、
50代がこんなに楽しいとは聞いてなかった。
やってみないとわからないもんだ。

嫌なこと、苦手なことに対して、
前のめりに向かうのに有効なのが
「面白がる」こと。
面白がった途端に
気持ちが軽くなるのは
主観から客観に立ち位置が変わるから。
いろんな面白がり方があるけど、
私のお好みは
「人生から挑戦状が届いた『ゲーム』」といった捉え方。
残念なほど負けも多いんだけど、
「おもしろいやん!やってやろうじゃん」
となると、俄然やる気が湧いてくる。
あなたのそれ、
人生からの挑戦状じゃない?

やりたいことだけど、
そこまでの道のりが嫌ってことがある。
気持ちわかる。
けど、
通らなくてはいけない道ってやつがある。
『虹は見たいけど雨は嫌』
ってわけにはいかない。
雨を嫌がるなら虹を諦める。
もしくは、
虹を求めるなら雨を受け入れる。
どっちかなんだよ。

出来ないことの原因は
やり慣れてないだけだったりする。
やっていれば
いつかできるようになるさ!といった
気楽さは「できる」を後押しする。

年齢に応じてやり方は違う。
まだまだ体力があり、
しかし経験に乏しい若い頃は
がむしゃらや必死にやることが
大切だったりする。
その荒削りなやり方に
大人は手を差し伸べたくもなる。
しかし、
十分に経験し、
体力的に自信がなくなってきている大人は
違うやり方をする必要がある。
必死や根を詰めてではなく
楽しくやる。
楽しみつつ、
身が詰まった時間を過ごす。
年齢によってやり方を変えることは
今の自分を許し、受け入れ、最大に活用すると言うこと。

そこを言われると痛い…
嫌だ…
こういうの嫌い…
は、全部チャンスだ。
苦手で本当は避けたいところだけど、
踏ん張って補えば
あなたがさらに魅力的になるところ。

たくさんやらなくていい。
ちょっとでいいんだ。
ほんのちょっとだけ。
ほんのちょっとの勇気、
ほんのちょっとの前進、
ほんのちょっとの諦め、
ほんのちょっとの許し、
ほんのちょっとを始めると
随分な変化が起こりはじめる。

人生の風向きは一瞬で変わる。
ある瞬間、
ちょっとしたことで
グンと変わることがある。
その一瞬を逃さないようにするには
準備が大事。
一瞬が来ない可能性は一切無視して
その一瞬がいつ来てもいい準備をする。