
終わり vol.5434
何事にも終わりがある。
終わらないものはない。
渦中はそこを意識できないんだよなぁ。
終わりが来ることを意識したら
今はどう見えるだろう。

何事にも終わりがある。
終わらないものはない。
渦中はそこを意識できないんだよなぁ。
終わりが来ることを意識したら
今はどう見えるだろう。

悲しみへの基本的対処は
日常にもどることだ。
やるべきことに追われる時間は
悲しみを忘れさせてくれる。
たんたんと集中して
日常をやり進めていくこと。

ほんのちょっと変えたらうーんとラクなのに、
そうしようとはしない。
染みついたやり方をやり続けてしまうのは、
進化するためのちょっとした煩わしさより
変わらないラクさを選択し始めるからだよな。
気を付けておかないと
ちょっとしたことでも
歳を重ねると面倒に感じてしまうから。

本当の話をするのは難しい。
本当はどう思っているのか
本当はどうしたいのか
本当は?
本当は?

本当のところを当人がわかっていないことは少なくない。
周りからはよく見えていたとしても。
そう判断したと思っているだけで
本当は別の判断があったりする。
あなたがあなたを深く学ぶとは
本当のところを自覚することなんだろうね。

だんだんと変わる。
例えば1mから始めたとしても
10m、20mとだんだんと伸びていく。
だから始めるのはほんのちょっとで大丈夫。
でも最初から20mだと続かずにやめてしまう。
最初はほんのちょっとからでも始めてしまうことが大切。
だんだんと変わるから。

1度の学習で、人は学んだ気になってしまう。
考えれば当然のことだけど
一度きりじゃ誰だって忘れる。
重ねることが習得だ。
自分のものにしたいと思うものは
時間を空けずにシンプルに重ねること。
重ね続けること。

やらなければ始まらないし、
やり過ぎれば嫌になるし、
どの程度やるかといった程度を考える必要がある。
努力だって
足りなければ結果には結びつかないし、
やりすぎたら身体を壊して
元も子もなくなるかもしれない。
それになぜか不慣れなものほど
やりすぎちゃったり、
全然足りなかったり程度がわかんないんだよね。
うまくいってないことがあれば
才能ややり方のせいではなく、
程度の問題なのかもよ。

マインドセットを変える実験をしてみる。
例えば、
気が重いことだけどやらなければならないことや
やった方がいいとわかっているけど
気乗りしないことに対して、
「嫌だなぁ、疲れるなぁ、これは本当に意味があるのか?」
などと考えがちだが、
「楽勝さ!どんなことが起こるか楽しみだ〜🎶」
といったように真逆から捉えてみる。
もちろん、演技だよ。
そのつもりでやったらどうなるかの実験。
完全後ろ向きに始めるのとは違ってくる気がするんだよねぇ。

20歳の時、理解できなかった30歳の気持ちは
30歳になると大体理解できる。
思春期の頃、親の気持ちなど分かろうともしなかったが
親になると痛いほど身に染みる。
学生の時、
教える側の気持ちは想像さえしなかったが
一度、教える側になるとよくわかる。
つまり、
私たちは経験しなければ
相手の状況をよくよく理解はできない。
ならせめて
相手の状況を理解できていないのかも
といった疑いを持っておきたい。
なってみないとわからないものだし、
なってみれば、大概同じように感じ、
同じようなことを選択するんだよなぁ。