
程度の問題じゃないってこと?
「この程度なら大丈夫」もあれば、
「この程度でさえ許せない」もある。
同じ「程度」でも
その時の自分の状態や状況によって
OKかそうでないかは変わる。
つまり、
程度の問題だけでなく
相互作用なんだよね。

「この程度なら大丈夫」もあれば、
「この程度でさえ許せない」もある。
同じ「程度」でも
その時の自分の状態や状況によって
OKかそうでないかは変わる。
つまり、
程度の問題だけでなく
相互作用なんだよね。

あれこれ、いろんなことをやっても
事態は全く変わらない時もあれば、
何がきっかけかもわからないまま、
事態が突如、好転していく時もある。
私たちの思考の範疇じゃ収まらない感じ。
私たちが見れるもの、
聞けるもの、把握できることには限りがあるものね。
自分の顔さえ私たちは
自分の肉眼で見ることはできないのだから…ね。

悩むことの最大のメリットは、
スポンジのように学習が進むことかな。
悩みを解決したいために
本を読み、人に教えを請い、必死に考える。
そう思うと、
人は悩んだ方がいいんだよね。
悩みを解決しようとするほど人は成長していく。
もちろん、
解決できなかったり、
一気にたくさんの悩みが発生するのはきつい。
だけど、
ひとつひとつ解決していく過程は、
渦中はそう思えなくても
振り返るといつも思い出深い、
大事な時間なのかもしれない。
悩むほど本気になることがあるってことだしね。

安定には多くの享受がある。
不安が減り、余裕が生まれる
どっしりと物事に取り組める
イライラも減るだろう。
一方、
不安定も実は享受がある。
感度が上がり、
感覚が研ぎ澄まされる
立ち位置を改めて確認できる
自分をより知ろうとする。
不安定ばかりじゃ疲弊するし、
安定ばかりじゃ人は鈍くなる。

心が折れそうになる。
いや、確実に折れてしまってる。
例えズタズタに折れたとしても、
いづれ復活するんよね。。。
そういった心が復活する力を
レジリエンス(復元力、回復力)と言ったりする。
レジリエンスとは
そもそも物理学の世界のことばで、
『外力による歪みを撥ね返す力』といったイメージ。
言葉はなんであれ、
課題はどうやって『外力による歪みを撥ね返す』かだ。

本来、出来事は多面的だ。
しかし、
出来事が起こった直後は基本、
一面的にしか捉えられない。
予想外の悪いことが起こった時などはまさにそうだ。
ダメージも大きいし、
多面的になど見れやしないのはある意味、自然だ。
ただ、時間が経つうちに
比較的短期間で気持ちを切り替え、
次に向かうことができるレジリエンスが高い人と、
いつまでも引きずってしまう
レジリエンスが低い人に別れていく。
もちろん、
コトの大きさや深刻さは影響するだろうが、
復活するまでの時間は人によって違いがある。
その違いを作りだす要素はいろいろあるだろうが、
ひとつだけ上げろと言われれば私は、
「起こることには全て意味がある」と考えるかどうかをあげる。

その時、どんなにダメなことが起こったと感じていても
「意味がないことなんて起こらない」となれば
その出来事の別の面を見ることができるかもしれない。
もしかしたら、
出来事を早く受け入れることができるかもしれない。
あなたの人生に必要だから起こっているとなれば
大切な課題に気付くかもしれない。
そうやって起こった出来事を多面的に見るためのキーワードが
「起こることには意味がある」だ。
そして、
出来事を多面的に見ることが
あなたのレジリエンスにつながっていく。

何度も挑戦できるって
ありがたいこと。
努力が実るって
ありがたいこと。
緊張するほど真剣になれるって
ありがたいこと。
ほんと。
ありがたいことのオンパレードやな。

「開き直り」には「ふてぶてしい」といった、
望ましくないイメージがある。
が、時にはかなり有効だ。
開き直れば
乗り切れる緊張感、
吹っ飛ぶ不安、
だから?と言える強さが手に入る。
堂々と開き直ることも
身につけよう!

何で気づかないんだろ?
どうやったら気づくんだろ?
と考えていると…
やはりショックが一番いい。
気づかないまま大切な時間が
過ぎ去っていくより
とっとと、それもしっかり気づいた方が
その後、どうにでも変えていける。
そう考えると
ショッキングな出来事はありがたい。
現実を気づかせてくれるわけだし、
現実から固めていかないと
高くは積み上げられない。
だからってショッキングな出来事を
待っているのはもったいない。
やっぱりとっとと、
そしてどんどん現実に近づいていかなきゃ。

空はいつでもあるんやけど、
顔を上げんと
見れないんよねぇ。
空があるってことにも
気づけないかもしれない。
見上げるだけでいいんだけど…。
何でも、
そういうものかもしれないねぇ。

ヒントも考えも
すべて、自分の中にあるんだよね。
逆説的にいえば
自分の中にある以上のものに出会えても
自分の中に無いのだから
それを在るとは認識できないだろう。
ということは
自分のなかをどれだけ豊かにするかが
大切になってくる。
自分の中が豊かになるほど
気づく力も豊かになる。
知識だけではなく、
想いや感情も同様だよな。