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2020.02.27.

自分の今を知るには

例えば、
解放感を知って閉塞感に気づく。

例えば
自由を知って不自由に気づく。
また逆に
不自由を知って自由だったことに気づく。

福岡以外に行った時に自分の博多弁に
改めて気付く感じと似ている。

違う場所に身を置いてみないと
気づけないんだよね。

2019.11.21.

限り

何事にも限りがある。

全てに限りがあるからこそ
選ばなくてはならないことがあり、
また、選べることもある。

後悔なきよう。
今出来ることを最優先で。

2019.10.01.

「今」と「あの時」は同じじゃない

アレはココにつながっていたのね〜!
と理解できるのは
アレから随分時間が経ってからだ。

渦中は全く理解できないどころか
なぜ?どうして?と
踠き苦しんでいることも多い。

こういうことを何度も繰り返しているなら
意味があると信じてみても良さそうなのに
なかなか信じない。

辛すぎた時期が続いたのかもしれないね。

いつだって「今」は「あの時」と
同じじゃないんだよ。

2019.07.15.

「考える」を考える

「考える」を考えてみる。

「考える」最初のステップは
事実と解釈を分けること。

事実が明確になったら次は、
考えれば結果が変わるものと
考えても結果が変わらないものに分ける。

考えても結果が変わらないものでも
心配でつい考えてしまうものはあるが、
ある程度の時間を費やしたら切り捨てる。

最後は考えれば結果が変わることの中には
自分が作用できることと
自分が作用できないものがあるので
自分が作用できるものに集中する。

すると
今やれることだけを取り扱うことになり、
結果、決断する。

つまり、
考えるとは、
考えれば結果が変わることで
自分が作用できることを決断すること。

2019.06.10.

ものまね

真似ることを職業としているモノマネのコロッケさんが、
「自分の声ではもう歌えない。
ものまねしていたら自分の声がわからなくなった。」
とおっしゃっていた。

真似るのが仕事になっているから仕方ないが
彼の声も聞いてみたかったなぁと思う。

私たちも人真似な生き方をしていたら
自分の生き方を思い出せなくなってしまうかもしれない。

2019.05.12.

ぼーっとする

ぼーっとすることの重要性を
私たちはなかなか理解できない。

そのくせ、ぼーっとしては
そんな自分を責めたりしている。

責めているのにぼーっとは無くならない。
ある程度は必要だから。

だが、多くの人は
ぼーっとしては自分を責めるサイクルを繰り返す。

改めて考えるとアホらしい。

ぼーっとはどうも必要なようで
それは決して能力がないといったこととは関係なく。
それどころか、能力を発揮するためにも
意図的にぼーっとする時間を計画に織り込んでおかないと。

2019.05.11.

人の印象

人への印象は、その人だけで決まるわけじゃない。
必ず私たちのフィルターを通して決めている。

自分の中の過去の経験や思い込みを通して
私たちは人への印象を決めている。

例えば、
誰にでも警戒する人もいれば
誰にでもオープンな人もいる。
例えば、
性別によって警戒度が変わる人もいるし、
年齢や役職の影響を受ける人もいる。

人への印象の中には
自分の偏った思考をみつけることができる。

 

2019.05.10.

細部と全体

細部は全体に、
全体は細部に影響しあう。

分断されてないんだ。

細部を大切にすることは
どんな些細な細部でも
全体を大切にすることに影響するし、
全体を大切にしようとすると
細部を大切にせざる得ない。

2019.05.09.

自分を許す

「ゆるし」というと、
天からキラキラしたものが降ってくるような
特別なものと思っていたり、
逆に「許すとダメになる」と思い込んでいる人も少なくない。

「許せない」と思っているのは自分で
そんな自分に自分が苦しんでいるのなら
許してみるのも良いかもしれない。

飲みすぎた自分を許す。
仕事に前向きになれない自分を許す。
人が許せない自分を許す。

行為を許すことと
自分を許すことは違う。

いろんな自分を許してみると
妙に冷静な判断が出来たりするもんだよ。

2019.05.08.

定期的に思い知らされる。

本当は自分が何を求めているかさえ
自覚しにくいのに
本当は何を必要としているかなんて
さらにわかりにくい。

これだろうと当たりをつけて
やってみるしかない。

外れることも当然で、それは仕方ない。
やるたびに
「これは違った。じゃぁ、これは?」を
繰り返して試してみるしかないんだ。

試してみるしかないとなると
時間が足りない。

心も体もひとつしかない。

そんな当たり前すぎることって
定期的に改めて思い知らされる。