
闘争か逃走か
突然の恐怖や差し迫る危機といったストレスへの対処は
「逃げる」か「戦うか」だ。
しかし敵が自分の場合、
むやみな逃げも無駄な戦いも不要だ。
「逃げずにしっかり戦える自分」にラクになるために
どう工夫するかだ。
少しだけ止まって
工夫のために知恵を絞ってみよう。

突然の恐怖や差し迫る危機といったストレスへの対処は
「逃げる」か「戦うか」だ。
しかし敵が自分の場合、
むやみな逃げも無駄な戦いも不要だ。
「逃げずにしっかり戦える自分」にラクになるために
どう工夫するかだ。
少しだけ止まって
工夫のために知恵を絞ってみよう。

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【メンテナンス日時】
2020年01月22日(水) 10時00分 – 13時00分

私は普段、夢を見ない。
いや、見てはいるようだが目が覚めるとスーッと夢は消えていく。
大概、覚えていない。思い出せない。
なのに、今年の初夢はしっかりと覚えていた。
夢の中でエレベーターに乗ると少女が声をかけてきた。
まるで人生の秘密を教えようといった風で
ニコニコ楽しそうに。
「まずは離婚を決めるのよ」
そう言ってきた。
離婚?
少女はエレベーターが到着するまで
離婚を決めた後のステップを話してくれていたようだったが、
私は直感的に彼女を賢者と感じていて、
賢者が夢に登場したことに
気持ちがフォーカスしていて
全く話を聞けてなかった。
そうしている間にエレベータが到着し、
外に出ると少女が大人の女性になっていた。
うーん、、、
今年、悪くない感じがする。
夢は象徴をどう解釈するかだが
今、起こっている出来事も実は夢と同じで、
あなたがどう解釈したかで結果も感情も変わる。

昨年は完了案件が少なかった上に
今年の出来事が加わるのだから当然なんだろうけど、
去年以上に重なる重なる!
我が家の受験生はいよいよ佳境に入り、
父の入院に母の回忌にアレやコレやと
同時進行甚だしい。
こうも重なると逆に
やってやろうじゃない!と
妙なやる気が湧いてくるから不思議だ。
課題のヘビーさは量や質だけで
決まるわけじゃない。
覚悟が決まらなければどんな小さな課題も
難題に感じられるだろうが、
仮に課題をクリアー出来なくても
覚悟が決まれば、大変さや疲労感は俄然減る。
同じ課題でも
「追われる」ではなく、
「向かう」って大事なんだよな。

価値観が変わると選ぶもの全てが変わる。
今まで、
欲しくて欲しくて仕方なかったものでも
価値観が変わった瞬間にどーでも良くなる。
なぜ、あんなにも欲しかったのか
自分の気持ちさえよく思い出せない。
一方、
全く興味がなかったのに
手に入れたくなって妙に頑張ってしまうものもある。
自分が大事にしている価値観を一度疑ってみよう。
本当に大切なのか?
持ち続ける必要があるのか?
実は思い込んでるだけじゃないか?
人は変わる。
価値観の棚卸しをキッカケにして。

昨年のXmasは
「家族全員で過ごす最後のクリスマスになるだろう」
ということで、
中3、高3のすでに大きな子ども達なのに
寝た後、枕元にプレゼントをそっと置いてみた。
朝から娘は
「18歳でもXmasプレゼントもらえるんだ。18年間ありがとう」
と驚いていた。
娘へのXmasカードは写真を挟むタイプだったので、
子ども頃の写真を探していたら、
可愛いチビたちの姿がたくさん!
あぁ…こんなにもたくさんの幸せを
既に子どもたちから十分にもらってたんだ…。
「親孝行は3歳までに終わる」と言うけど、
こうやって振り返らないと気づけないもんだね。
こちらこそ、ありがとう!
この18年のすべてがあなた達からのプレゼントだよ。

今週は「日常」に戻るような1週間。
と言っても
お正月を挟む以前の日常と年が明けた以降の日常では
同じ「日常」でも少し違う。
新年度を挟むころには
「日常」はよりはっきりと変化していく。
今の「日常」はいずれ変わっていく日常。
今日も大切にしていこう。今の日常。

大学受験の娘を見ていると
私たちの受験の時とは模様が違う。
例えば
私立の大概の大学は現地に行かなくても
福岡での地方受験が可能だ。
受験のエントリーはインターネットだし、
振込はカード決済でOK!
私たちの頃、浪人生は少なくなかったが、
今はそんなに居ないらしい。
『大学受験』といっても時代によってかなり違うし、
きっとこれからも変わっていく。
自分の経験だけをもとに考えていると全然違ってしまう。
そんな一元的な見方が偏りを生むのは
「受験」に限ったことではないけどね。

わかりやすさと信憑性は一致しない。
なのに、本当はどうかより
わかりやすさの方が心を占領してしまう。
意識してひとつひとつに向き合わなければ
わかった風で終わってしまう。
「忙しい、忙しい」って
本当に大切なことに時間を割けているのかな。
そんなに慌てて
どこに向かっているんだろう。

なぁなぁにしたい訳ではないんだよね。
どうしていいかわからず考えているうちに
話題が変わってしまっていってる感じでしょ。
もう一度掘り返して
伝えるべきことなのか、それともそのままにすべきかどうかも含めて
考えていたら全然違う話題に既になっちゃってたみたいな。
「やっぱり違う」と改めて伝えることも、
「違う」とわかっていて敢えて訂正しないことも、
どちらも大切。
つまりは何を選んだか以上に
自らの意思で選ぶことが大切なんだ。